Vol.126

「がじぇっとオタクから専門業者に至るまで

2010-6-27

内海 和幸

Apple iPhone 3G

 

 小さい頃からデジモノあらゆる電化製品(新製品)の情報には敏感で中学生の頃から様々なモノに興味深々で買ってきては分解したりして壊 した製品は数知れないのですが、一生分解バラシ研究の運命にあると確信しています。

 

僕が初めてMacを購入したのは、 1998年8月に発売されたカラフルなティアドロップ方のデスクトップ初代iMacでした。CMも当時画期的で5色の筐体がくるくる周り、現在でも覚えて るのが3ステップ「コンセントをつなぐ」>「電話回線をつなぐ」>ステップ3???という画期的なものでした。買ってきてAppleらしい梱包も当時から 独特で箱を開ける時からドキドキでした。現在では当たり前のLAN端子もUSB端子もなかった時代でしたが、あのカラフルなパソコンが部屋に置いてあるだ けでも満足だったことを思いだします。

 

それから毎年のように発表されるApple製品が大好物になってしまいました。

次 に強く記憶に残っているのが、全身メタル素材のMacG5の登場!CPUは物理的デュアルCPUの採用などで高スペックというのもすごかったのですが、未 来的でサイバーちっくな筐体も素晴らしかったです。かなり高額でしたが当時はじめてローンで買い物をしてしまうくらいの製品でした。当時は高スペックのマ シン性能の20%くらいしか利用できてなかったように思います。続いてMacBookでアルミ削り出しボディの登場、もちろん購入。そして IntelCPUの採用でBootCampでWindowsもデュアル環境を構築して利用可能など。今でもバリバリ現役で活躍してくれています。

 

2008 年7月から僕の生活は変化した!・・・ちょっと大げさですがiPhone3Gが日本に上陸しました。発売日には長蛇の列がTVで放映されるなど社会現象に まで。僕もすぐに購入したひとりでした。買ってからというもの当然のことながらガジェットオタクの血が騒ぎ分解、パーツの研究、Appのレビューなど忙し い毎日で趣味で生きている生活が今現在でも続くようになりました。

 

iPhoneに関わる仕事をしていて今もなお 世界一の技術 だな~ と感じるのは、タッチパネルの性能につきますね。他にもスマートフォン、タッチパネル式の携帯電話などありますが、iPhoneのデジタイザー性 能に勝るものはしばらくの間、登場しないのではないかと思うくらいの技術と開発です。iPhoneの修理専門店を始めたのは2009年12月から大阪で2 店舗からスタート。はじめはiPhoneがAppleやsoftbank以外で修理ができることすら認知度が低かったのですが全国で5店舗ほどしかなかっ たのですが現在6月現在では20業者以上にまで増えてきて修理のクオリティも顧客のニーズにあったものになり依頼も殺到するようになりました。 iPhoneの修理を行って行くうちに、名古屋や東京にも修理屋があっても発送対応で自分の分身に近い携帯電話、個人情報が入ったものを送付して修理依頼 には抵抗があるなど生の声を聞くようになり。それならばお客さんの近くで修理の際は、くつのリペア店のように対面修理をすればもっと喜ばれるのでは?と、 パーツのクオリティとパーツ供給の安定が最重要課題で解決後、フランチャイズを活用して全国展開をめざして現在にいたっています。

 

こ れからも次にiPhone4の登場やその他面白いがじぇっと、Appleらしい製品などにも自然とかかわり合い、イベントや修理つながりなどで出会った皆 さんとのご縁を大切にし、顧客の声を抽出し様々な要望にも答えていけるようなグループづくりを心がけていきたいと思います。どうぞサイバーファクトリージャパン株式会社 ドクター事業部「iPhone ドクター」「iPadドクター」「iPodドクター」「iMacドクター」。また、今後もAUGMにベンダー参加することが機会があれば次期顧客フォローサービス「iPhoneナース」も同時に今後とも宜しくお願いいたします。

 

 

 

サ イバーファクトリージャパン株式会社

代表取締役 内海和幸

 

 

ということで、今回はiPhoneドクターの内海さんに投稿いただきました。岸田が、iPhoneドクターに行ってきたときの記事をBLOGに掲載しておりますので、合わせてお読みください。